BOJ Top 09早慶Top 早慶戦History 02/03/04/05/06/07/08 過去の特集ページ 05/06/07/08
PHOTO Bチーム戦 OB戦 女子戦 男子戦 早慶戦コラム
Interview【早稲田大】東 達也/山田純也/井手勇次/久保田 遼 【慶應義塾大】小林大祐/酒井祐典

 
COLUM
 

早慶戦という戦いが示すもの


 早慶戦は大学バスケットボールの中では特異で、他にはない試合だ。他大学の選手がかつて「大学で一番人が入って、盛り上がるのは間違いなく早慶戦」と言ったことがある。自身が関わっていなくともそう言わせる空気がこの戦いにはある。早慶というライバル同士が67年もの間、それぞれの母校の名誉、自身のプライドを賭けて戦い続けてきた。その歴史が今も、そしてこれからも連綿と続いていく。

 インカレの決勝でさえ満席にならない年がある代々木を、間違いなく埋め尽くすことができるのはこの早慶戦だけだ。3000人の大観衆と絶え間なく起こる絶叫。華やかなチアが会場を彩り、早稲田大学応援部と慶應義塾大学應援指導部は、ライバルでありながら礼節をもって相手を尊重し合う姿勢を見せ、ブラスバンドがそれぞれの応援歌「紺碧の空」や「若き血」を吹き鳴らす。早慶戦はまるで生き物のようでもある。現在のメインイベントである男子戦に向けられる観客の期待、高まる熱気、集中する選手たち。全ての要素が一つのうねりとなって会場を巻き込んでいく。

 早慶両校で行われてきた時代はもちろん、代々木に舞台を移してからも常にほぼ満員の観客を集めてきた早慶戦。今年は例年以上の人出となった。女子戦の時点で既に入場規制がかかる事態となり、関係者が主であるフロア席も急遽一般に解放されることになった。この観客の中には昨年大熱狂の中で延長戦に突入した興奮を覚えている者もいただろうし、また昨年2部からインカレの頂点を極め、今年も直前の大会で40年ぶりに優勝した慶應大への期待の高まりがあったことは否定できない。早慶戦は学生スポーツの中でもひときわ強い両校の愛校精神が発露される場であり、自分たちの学校の代表選手たちをこれ以上ないほどの思いで応援する。マイナーと言われる大学スポーツの中で早慶戦が特別であるのは、学校全体にこの定期戦に懸ける気持ちが浸透しているからだ。

 そんな中で始まった男子戦は、まず慶應大がリードする。このチームの持つ力ならばそれは予想できる展開ではあった。しかし、実力が結果にそのまま直結する訳ではないのが早慶戦でもある。慶應大は次第に失速し、自慢の得点力を発揮できず最後は2点差で破れる。早稲田大はここしばらくの低迷を吹き飛ばすような勝利だった。慶應大は6日前に優勝で終えたトーナメントの余波は隠せなかった。優勝の後、再び同等以上の高いモチベーションが要求される戦いを、どんなチームでも万全で迎えられる訳はない。特に早慶戦はより高い精神的強さを要求される場でもある。「スタメンの疲労を心身ともに取り去ることができなかった。それはスタッフの責任」と佐々木HCは認める。反対に、トーナメントをベスト16で終えた早稲田大は「10日余りを慶應大に対してだけ集中することができた」と選手が口々に言い、対策が行き届いたことを勝因に挙げる。また、競った展開の中でも動揺することなく最後は2点のリードを守りきった。春から新しい体制の元で試行錯誤しながら練習を続けてきた選手たちに、久しぶりに笑顔が戻った。

 試合終了のブザーとともに片方は天にも上る歓喜にまみれ、もう片方は地に突き落とされる。最終学年で勝利した早稲田大の主将・東は「ホッとした」と言い、副将の山田は泣き濡れた。そして敗者となった慶應大の面々は呆然と閉会式を迎えることとなった。4年間の通算は2勝2敗。今回は早稲田大に軍配が上がった。しかし早慶戦の重みをより感じるのは、負けた方かもしれない。敗北の悔しさを晴らしたいと思うからこそ勝利を目指すのであり、だから早慶戦は1985年を境に4連勝というどちらかだけが勝ったまま4年間を終わることのない戦いとなっているのだ。「早慶戦の借りは早慶戦でしか返せない」と言われるように、3年生以下にとっては決着がついた瞬間から次の戦いは始まっている。

 この早慶戦に、選手たちは様々な思いを持って臨んだはずだ。その中でも象徴的だったのは慶應大・小林だろう。彼は1年生の時から4年間、この早慶戦でほぼ40分間コートに立ち続けてきた両校を通して唯一の選手だ。過去にはスター選手であっても病気やケガ、不調に陥って早慶戦を満足に戦えないまま終えていった選手が幾人もいる。それを考えれば彼は非常に幸せな4年を過ごしたと言える。しかも塾生であることを誇りにし、早慶戦に懸ける思いは人並み以上だった。勝つことで「慶應大に恩返しをしたい」と言い、昨年勝った後には「あと1回しかこの場を味わえない」と、喜びと同時に名残惜しい気持ちを隠さなかった。しかし何よりも強い思いで臨んだ最後の舞台は、彼にとって少し苦いものとなった。だが敗北を受け入れ、早慶戦についてこう言った。
「親になっても子どもに自慢できる。この4年間は本当にありがとうという気持ち」
彼の言葉は早慶戦が一体どんなものなのか、よく示している。

何にも代え難い“感謝”と“誇り”がそこにはある。

 
 
 

(C)copyright BOJ 2003-2009