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 第64回大会(2006.6.11)


慶應大4連勝ならず。
早稲田が勝利の涙に濡れた


 早慶戦64回の歴史の中で開始から20年ほどは慶應大の実力が勝っている時期があった。最高は7回から14回までの慶應大8連勝。しかし、80年代に入ってから連続で勝ち続ける展開はほとんどなくなる。1985年に早稲田大が4連勝したのを最後に、両チームともに最高は3連勝。それほど早慶戦を勝ち続けることは難しいものだった。

 慶應大はこの年、4連勝がかかった大事な年だった。例年全日本のヨーロッパ遠征を先延ばしにして出場してきた竹内公輔は世界選手権本番の年ということもあり、自らA代表優先を進言。慶應大は竹内抜きの早慶戦となる。しかしトーナメントでは竹内抜きでも6位と好成績を収めていた。一方早稲田大には後がない。在学中一度も勝たないで早慶戦を終えることがそれほど悔しいことか、早稲田の4年生は重く受け止めていた。早稲田大・福島孝太はこの早慶戦を最後に現役引退を決意する。指導者としての道を歩むためには早いほうがいいと考えたからである。最後の舞台を勝って終わりたい。そんな意気込みが開始前から感じられていた。とはいえ、春は怪我人が続出。満足な練習もできないままでの早慶戦には不安材料も多かった。

 試合は序盤慶應大がリードする。早稲田大・田上をファウルトラブルに追い込み、弾みをつけるが早稲田大が逆転し、1Qはリードする。しかし2Qではたった6点しか奪えず前半を終えて接戦モードに。後半、慶應大の歯車が狂い始める。慶應大の司令塔加藤がファウルトラブルとなり、主将・酒井の1on1が目立つようになるとオフェンスに流れができない。慶應大が修正に苦しむ中逆に早稲田大は岩隈、田上といった4年生が意地を見せる。いつしかじりじりと点差は離れ、早稲田大の大量リード。会場中に早稲田コールが響き渡る中、早稲田大が遂に4年ぶりに勝利を手に収める。最後にコートに送り出された福島以下控えの4年生たち全員の笑顔と涙がその喜びを物語っていた。

 


 


早稲田大・岩隈が要所でシュートを決めた。



李相佰杯帰りだった酒井は負けた後、目を赤く腫らしていた。

 

 

 
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