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 第61回大会(2003.6.8)


慶應大が4年ぶりに早慶戦を制す!


 2年連続オーバータイムにもつれた早慶戦は慶應大の連敗が続いていた。この年、慶應大には全日本候補である竹内公輔、そして酒井泰滋という2人の大物ルーキーが加入、勝利への明るい材料はあった。しかし、春のトーナメントでは大東文化大に大敗。チーム状態は決して良くなく、「やるしかなかった」という背水の陣で挑んだ大会でもあった。

 一方前年1部に昇格した早稲田大は主将・朝山正吾、インサイドの要・村山範行を中心に後のゴールデン世代と呼ばれる2年生も控え、選手層は厚かった。だが試合の数日前、早稲田大は朝山が足をねんざするというアクシデントに見舞われる。当日は痛み止めを打って出場、前半はそのせいか精細を欠く動きだった。一方慶應大はアップの様子から普段とはうってかわった様子を見せた。ようやくゲームを左右する主力として頭角を現しはじめたトリオこと志村雄彦・石田剛規・辻内伸也ら3年生がゲームを支配。ルーキーの竹内公輔がリバウンドをもぎ取り、試合開始から早稲田大をリードする。主将・園基文も慣れない1年生をカバー。慶應大はディフェンスのローテーションも良く、持ち前の守備力で早稲田を寄せ付けなかった。

 後半、痛み止めが切れ、それで思い切れたという朝山が3Pを連発しだすと早稲田大が一気に追い上げる。だが、慶應大は慌てなかった。そのままリードを守り、最後にはベンチの4年生を出す余裕さえ見せて4年ぶりの勝利を収める。
 試合後、早稲田大主将・朝山は人目をはばからず大きく泣き崩れた。それだけ4年生として早慶戦で負うプレッシャーは大きかったのだろう。そして閉会式でその横に立った慶應大の主将・園も静かに、それでも幾度か顔をぬぐう仕草が見せた。早慶戦の持つ目に見えない力を、2人の姿が物語っていた。



フリースローを獲得し、笑顔でみんなに応える慶應大#12志村。右奥、#19酒井(1年)は春先ケガをしており、これが大学で初の試合になった。


慶應大の主将#4園は「必ず3Pを決める」と試合前に宣言、見事に決めた。ディフェンスで貢献し、最後は早稲田のチャンスをファウルで止め、退場。自らの仕事をやり遂げた姿に拍手が送られた。

 


敗戦し、号泣する早稲田大#4朝山を早稲田のメンバーが慰める。自分の感情に素直な選手だった。

※背番号は当時のもの。

 
 ●当時のインタビューより抜粋  
   
 
石田剛規(当時2年)04副将→トヨタ自動車
 

何があってもディフェンスを
頑張るつもりでした/石田剛規(慶應大)


「ディフェンスを頑張ると決めていたので、それができて良かった。チーム全体でも今日はどんな状況になってもディフェンスを頑張ろうと決めていました。朝山さんのマッチアップについては、先輩の佐藤健介さんにコツをきいていたおかげでできたと思います。この勝利でようやくチームが一つになることができました」

 
     

朝山正吾(03主将→日立→OSG)。06年度日本代表候補。

最後の早慶戦で負けたのはショック/朝山正吾(早稲田大)


「最後の早慶戦で負けてショックです。自分の代で負けると生涯気になることだと思ったので、何としても勝ちたかった…。 いい勉強になりました。これだけ沢山観客が来てくれて応援してもらったのに、先週はあまり練習もできず、今日はチーム一丸となれなかった。 その中で負けたのが悔しかったです。感情がこみあげてきて涙が出てしまいました」

 

村山範行(03副将→JR東日本秋田)。在学中は不運が続き、4年のこの時が早慶戦初出場だった。

2mを意識しないでやれば良かった/村山範行(早稲田大)


「竹内とのマッチアップは気にしないでやれたと思う。しかしオフェンスでは早稲田は思い切りが悪かった。人任せにしてしまったのがダメでした。 2mを意識しないでやれればよかった。負けた方が収穫になるので、今日の慶應、トーナメントでも負けた大東戦を含めて糧にします」

 

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