●BOJ SHOKING

「BOJショッキング」は現役
選手の友達の輪をたどってイ
ンタビューを敢行する試みで
す。「え?この人からあの人
?」といった紹介があるかも
しれません。どのような交流
の輪が続いていくのか、お楽
しみに。

●LINE UP

2006年度
vol.1 高久順(法政大)
vol.2 酒井泰滋(慶應大)
vol.3 正中岳城 (青山学院大)
vol.4 喜多川修平(専修大)
vol.5 竹野明倫 (大東文化大)
vol.6 眞庭城聖 (日本体育大)

※文中の所属や経歴はインタビュー当時のものです。

 

 
 


BOJ SHOKING2006 vol.3

続けてきたから今がある。
これからも成長し続けるだろう

正中岳城(青山学院大学)

 
 


「大学バスケ界を盛り上げたいという気持ちが芽生えました」

B:酒井選手からの紹介です。李相佰杯(5/28〜6/1・韓国)で一緒だったということなんですが、正中選手から見た酒井選手はどういう人ですか?
「闘志むき出しです。このチームをしっかり引っ張るキャプテンという感じで、攻守に渡っての要ですし、見ていて素晴らしいプレーヤーだと思います。チームメイトに言うことを言って信頼されるっていうのは、自分がやらなくてはいけないことをしっかりやっているからであって、同じ世代であんな選手がいるということはすごく勉強になります。多くの刺激を僕に与えてくれる選手の一人です」

B:前回、酒井選手に正中選手への質問を尋ねたところ、「僕ってテンポゆっくりですか?」と言っていたんですよ。
「(笑)。李相佰杯で接した感じでは、結構ゆったりしてネチョネチョしてました(笑)」

B:李相佰杯についてお聞きしたいんですが、選抜として海外のチームと対戦するのはどうでしたか?
「僕は地方の単なる公立から出てきたもんで、試合に出ようという気持ちで一生懸命やってきましたけど、学生の日本代表というのに選ばれたいなという気持ちはありました。なので、日本代表という名前でやらせてもえるということで、楽しかったし、ようやくという感じでした」

B:今まで敵として対戦していた人がチームメイトになるという感覚はどうでしたか?
「いいプレーヤーばかりがいたので、どういうプレーをするのかとかガードなんで考えながらやっていました。自分が彼らのいいものを引き出すんじゃなくて、彼らも自分のいとこを引き出してくれるような、そういう関係だったので毎日が楽しかったです」

B:李相佰杯を経て、一番成長したなと感じるところはどこですか?
「青山というチームで勝っていくことも大事ですけど、学生の日本代表がチームを組んで練習して、レベルアップして、大学界を盛り上げていきたいなという気持ちが芽生えました。あと同じチームでも敵でもいいんで、また彼らと同じフロアでやり合いたいなと思いました」


明石のアレン・アイバーソン!?

B:正中選手はいつ頃からバスケットを始めたんですか?
「小5くらいですね。兄がしてたというのと、何か体を動かすことをやろうと思って始めました」

B:それで高校に入って、入学した明石高校はどのようなチームだったんですか?
「全然知られていないですもんね。指導者は3年の時に転勤してしまったんですけど良い先生で、今思うと色んなことを教えてもらったなと感じます。どういったバスケットっていうほどのものじゃなかったけど、今やれてる原点があったと思います」

B:明石高校ではどのような選手でしたか?『明石のアイバーソン』と言われていたという噂もありますが。
「そんなのないですよ(笑)」

B:でも1試合に70点くらい取ったこともあると聞きました。
「点は取らないと勝てなかったということもあって取ってましたけど、別に取りに行って取ってるという感じではなかったですね。やらなければならない仕事の一つとしてやっていましたし」

B:ポジションは2番?
「う〜ん。ポジション表示するとなるとどうなるかわからないですけど、ボール運んで点取ってという感じでした」

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正中城岳[しょうなか たけき]180cm、74kg。明石高校→青山学院大学。高校時代は点取り屋だったが、大学に入りPGとして経験を重ねてきた。年を経るごとにゲームのコントロール力も上がってきただけでなく、得点能力も健在。昨年は膝に故障を抱えながらも青山学院大のリーグ戦制覇、インカレ準優勝に貢献。今年も最上級生として期待がかかる。U-24にも選出 。
 
 

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