BOJ ROOKIE'S FILE2007 LINE UP

vol.1 オーティス永井>2>3
  (拓殖大)

vol.2 金丸晃輔>2
  (明治大)

vol.3 小林純也×
   橋本竜馬×
   湊谷安玲久司朱
>2>3

  (青山学院大)


vol.4 養田達也・
    三澤貴弘・
   中務健治・
    多嶋朝飛

  (東海大)


vol.5 岩下達郎×
    酒井祐典×
   二ノ宮康平
>2>3

  (慶應義塾大)

特集FINAL
vol.6 篠山竜青>2
   (日本大)

 
 
BOJ ROOKIE'S FILE2007 vol.2



見て欲しいのはシュート力、
4つのことができるプレイヤーに。

金丸晃輔(明治大学)

 


金丸晃輔[かなまる こうすけ]
191cm/77kg/F
福大大濠→明治大学。千葉インターハイでブレイク。その後は福大大濠、U-18 のエースとして活躍。シュートが柔らかくて上手く、走れる選手。選手層の厚い明治大でプレイングタイム獲得を目指す。

 


きっかけはダイエット!?

―まず、バスケットを始めたきっかけは?

「きっかけ…(笑)。バスケは小学校から始めたんですけど、あのー…実は自分、かなり太ってたんですよ(苦笑)。それで、親から『ダイエットの為にバスケットしろ!』って言われて始めました。まぁ、きっかけはダイエットですね」

―太っていたとは意外ですね(笑)。両親はバスケ経験者だったのですか?

「いや、両方ともやってないんです。その時、たまたまお母さんが『スラムダンク』にハマってて、それで…自分にやらせたがって(笑)。当時、自分は太ってたし、親はダイエットさせたかったみたいだからちょうどいいと思ったんじゃないですかね?だから最初の方はやらされてました。やらされていたということもあって、当時はあまりバスケット好きじゃなかったです(苦笑)」

―今の体型を見るとダイエットは成功した、と言うことですね(笑)。ちなみに、身長の方はいつくらいから伸び出したのですか?
「中学校入学の時が160ぐらいだったんですけど、中2になったら186くらいなっちゃって(笑)。1年で急激に伸びました」

―じゃあ、制服とかもう…。
「ちっちゃくて入らないですよね(笑)」

 

インターハイ決勝で学んだ、「時間を見ることの大切さ」
あの試合があったからこそ、今の自分がいる


―高校は福大大濠へ進学しましたが、大濠のバスケは自分に合っていましたか?
「そうですね。合っていました。1回、国体の練習で(福岡)第一の練習に参加したことがあるんですけど…練習内容は好きになれませんでした(苦笑)。その反面、大濠は自由にプレー出来るし、自分のプレースタイルに合ってるなと思いました」

―ブレイクのきっかけになったのは、千葉インターハイ(当時2年)の時だったように思います。決勝へ進出して、スタート出場を果たしましたし。
「そうですね。田中先生(福大大濠監督)も、ベスト8の北陸戦から“キタ!”って言ってましたね。決勝はもう緊張でやばかったです。初めての全国大会決勝で、しかもスタメンでしたから」

―結果は、3点差で延岡学園に敗れてしまいました。
「あの試合の最後観ました?最後のタイムアウトを取る前のプレー。あの時、自分がボール持ってて。時間を見てなくて、カットインしちゃったんですよ。それでママドゥ(延岡学園→浜松大)にブロックされて。本当だったらあの場面は、ボール回して時間を使わなきゃいけないプレーだったんですよね。それからですね、時間を見てプレーするようになったのは。だからあの試合は忘れられないし、時間を見るという大切さが分かる今だからこそ、悔いが残る試合ですよね。一生忘れないと思います。もちろん、この試合があったからこそ、今の自分がいるんですけどね(笑)」

―話は飛びますが、3年の時のウィンターカップ予選。このウィンターカップに出場できなければ、高校時代1度もウィンターカップを経験せずに終わってしまうということでした。やはり、予選に臨む気持ちは強かったですか?
「相当強かったです。予選前に自分と酒井(慶應大)はU-18で中国に行ってて、チームの練習に参加できなかったんですよ。だからちょっと不安だったんです。でも、帰ってみたらみんな坊主で(笑)。『な、なんで!?』って感じだったんですけど、気合でっていうことらしく、結局自分らもやるハメになって。それから、必死に西公園(大濠バスケ部が走りこみをする公園)を走ったり、日々キツいトレーニングをしてきて。だからこそ、予選に勝てたんだと思いますね。ウィンターカップ出場を決めた瞬間は、本当に嬉しかったです」


“ライバル”と呼ばれ続けてきた、湊谷選手の存在

―そして、ウィンターカップ。準決勝進出を果たしましたが、近畿インターハイに続き、洛南に負けてしまいました。
「次こそは勝とうと思ってたんですけどね。自分は湊谷(青山学院大)を絶対に抑えないと勝てないって思ってたから、すごい必死になってやったんですけど、あいつノってて…なんかもう止められなかったです(苦笑)」

―その湊谷選手ですが、高校時代はずっと“ライバル”だと言われてきましたね。
「最初の方はそうでもなかったんですよ。でも、3年の春に2回くらい試合してからですかね?雑誌とかに“ライバル”って書かれるようになって。『ああ、ライバルなんかなぁ〜』って思って(笑)。それまでは本当に意識してなかったんですよ!」

―自分にとって、湊谷選手の存在というのは?
「(近畿)インターハイであんな負け方(20点差で敗北)して、もうそれはライバルですよね。ジャパンでも同じチームだったし、『こいつだけには絶対に負けたくない』っていう気持ちはありましたね。それはこれからも同じです」

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